―― ふとした折に、さわさわと草がなびく音がして
晩や朝のうちは随分と肌寒い風が立つ頃合いとなった。
煮物の下ごしらえか、いい匂いがしたのを追って、
お鼻を立てたチビさんが、
その鼻先をくすぐられたか、くしゅんと可愛い“くさめ”を放つ。
う〜っとうなって袖で小鼻を摺るのを、
も少し大きなチビさんが通りがかりに気がついて。
あ〜あ ダメだよと捕まえた弟分へ、
お膝で立ってのお顔を見上げ、
お顔を手拭いでふいてやり、
ついでとばかり
“お風邪かな?”と真ん丸おでこへ手のひら伏せて。
黒光りのする板張りのお廊下の一角、
そんなように、大人のまねごとし合う態が、
まわりの大人の眸には ほのぼのと暖かい情景で。
「昼の間は暖かいのだがな。」
「うむ。陽のあたる濡れ縁におると暑いくらいぞ?」
たとえば、
遠いお山の錦は少しずつその綾の見事さを深めつつあるけれど。
何だかだ言っても まだまだ秋の半ば、
紅葉もそれが地へ舞い散るまでにはまだまだ至っていないし、
震え上がるほど寒い訳じゃあない。
それでも油断は禁物だからと、気を配り合っており、
殊に…屋敷で一番のやんちゃ者、
とたとたちょこまか、じっとしていない仔ギツネの和子には、
家人の皆がついつい眸をやり、
―― 寒くはないですか? 汗をかいてはいませんか?
今日は寒いようだから重ね着しましょうか?
おやおや鬢の髪が張りついておりますよ、
おしぼりで拭きましょうね、じっとして?
声かけ手をかけ、大事のないよう、構って差し上げている日々なのだが。
「あれ? くうちゃん、そっちにいませんか?」
「知らねぇぞ?」
可愛らしい袷(あわせ)をたずさえて、
寝間のある方からとたとたやって来た書生くんが声をかけたが、
広間の中ほど、炭櫃の周縁に居合わせたお館様が
“居ないのか?”との含みを載せた応じをなさる。
風よけにと、
半分だけしか上げられていなかった御簾の隅々まで見回した瀬那くん、
「こちらで待っててと言ったのですが。」
あれれぇ?と小首を傾げ、
座ったお膝に載っけた、秋色の着物、
まだまだ小さな手でそろと撫でている。
朝方のかわいいくさめに、皆様が気遣ってのこと、
小袖や褥(しとうず=くつしたのようなもの)、
着なさい履きなさいと やいのやいのと構われまくりだったのを、
今日はさすがに嫌ったか。
とうとう…お館様や蟲妖の総帥殿のおいでな広間にも、
ツタさんがいていい匂いの立ち込める庫裏にも、
セナがいて、仔猫が紛れ込むこともある寝所にも、
どこにもその姿が見えなくなった くうちゃんであるらしく。
―― 今はちょうど、冬毛と入れ替わってる端境間で
本人の変化(へんげ)でどれほど厚手の襲(かさね)へと見せかけられても、
実質の暖かさがついて来てないのだろうという理屈は、
本人以上に家人の皆様のほうが重々ご承知。
それでという構いつけなのだけれど、
「あのくらいの和子ではの。
駆け回りゃあ小汗もかこうから、重ね着は嫌がろう。」
「そうは仰せですけれど。」
あのくらいの和子だからこそ、
ちょっとしたことでも熱を出したりしかねません、と。
その“あのくらいの和子”とまだまだ大差なかろうセナが、
いやにお兄さんぶった言いようをしたものだから。
「〜〜〜。」
「…おい。」
おかしいなぁと再びの探索に立った背中を見送ってから、
ころりとその場に転げて、
声もなく笑い始めた蛭魔だったのは言うまでもなく。
「気を悪くしようぞ?」
「だから声なしだ、進も見逃しな。」
どこで見聞きしているや知れぬ、あの少年の憑神へもそうと言い置き、
ひとしきり笑い転げてからの さて。
「お前の結界の外へまで出てったのか?」
「みてぇだな。きっと…。」
言いかけて辞めたところが作為的。
無論、葉柱には速攻で伝わったが、むっとし立ち上がりかかったその足元、
濃色の袴にてくるみ込まれてた膝頭へは、
何とも絶妙な間合いにて、白い手がすっと乗っかって。
「…なんだ。」
「何だ、じゃねぇさ。放っておきな。」
「だが…。」
無邪気で無防備な、稚(いとけな)い和子。
しかも天狐の長からの預かり子。
そんな存在を危ない目には遭わせたくない、
はたまた少しでも穢したくはないと思ってのこと。
いかにも粗野な乱暴者にしか見えかねぬ、
頑健精悍なその風体には ほとほと似ない、
たいそう律義な男だと、重々判っているけれど。
「くうを案じてというよりも、あやつに懐くが癪なのだろうが。」
「う……。」
裏山を塒にする蛇の大妖に、妙に懐いているところが、
どうにも気に入らない葉柱であるらしく。
どちらかというと過保護なお守りをするこちらの彼より、
放任しまくり、伸び伸び遊ばせてくれる向こうさんの方へと、
はしゃぎ盛りが懐くは道理。
そこいらさえ判ってないままじゃあ、
仔ギツネ坊やを捕まえたところで無駄だと。
判っていながら、だのに言ってはやらぬ蛭魔なのは、
“……こっちだって、多少は癪なのだがの。”
構えと命じるのさえ癪だから、
手が空き、身が空くのは微妙に重畳だってのにと…。
いやさ、そこまでは思ってないけれど。
「なんだよ。」
「情けない顔、してんじゃねぇよ♪」
男に娘を奪られた親父のツラだぞと、
わざとらしくも笑い飛ばして、
立ち上がりかかるのへとダメを押し。
それでと止まった堅くて大きな膝の上、
身を乗り上げさしての枕にしてやる。
「ぅおい。」
「重石の代わりだ。」
態度にこそ出さぬでいたが、見上げた眸の色までは繕えなかったか、
「……判った。」
見苦しいから諦めた…を装って、
もう一人の、
それこそ大人のくせに寂しいぞという顔をしかかった方、
遅ればせながらあやしにかかる黒の侍従様だったりし。
―― ついでだからそのまま寝ちまいな。
まだ昼前だぞ?
二度寝ってのがあるんだろ?
そいや昨夜は寝かさんかったしな、と。
いらんことを言って、
「……って☆」
腿の内側、やあらかいところを思い切りつねられてりゃあ世話はなく。
そんなこんなで落ち着いた朝寝の格好、
奇しくも裏山の陽だまりで、
仔ギツネの和子もまた同じよに、
誰か様のお膝を借りてうたた寝していたあたり。
秋も中盤、小春日の長閑さよ……。
おまけ 
「あのね?でもね? おひゆねは、せーなとが一番なの。」
「おやおや、どうしてだ?」
「んとね、あぎょんのお膝やお腹は堅いの。おととさまと同んなじくやい。」
「…ほほぉ。」
そんなことをば、ご当人のお膝にちょこり乗っかって言うところが、
子供の怖いもの知らず。
だがまあ、くうへとの威嚇の気配を見せたことがない以上、
そんな把握をされていたってしょうがない。
“いまさら震え上がられてもな。”
自分が傷つくだけでしょうしね。(苦笑)
…ああいや、何でもありませぬ、そんな三白眼で睨まんでも。(怖)
「???」
「ああ、いや何でもねぇさ。」
ふくふくした頬の産毛を光らせ、
喉元が見えそうなほども顎を上げての仰向いて来た和子へ、
何でもないぞと、
縄のように綯った髪房揺らすほど、かぶりを振って見せ、
「あのチビさんなら成程、やわらかい腹してそうだしな。」
「うっvv」
同意を示して差し上げたものの…こらこら。
何か語弊があるぞ、その言い方は。(苦笑)
「あと、おやかま様は いいによいがするのvv」
「…おや。」
あんなおっかないのが添い寝してくれることもあんのか?
おかない? おやかま様?
さすがに意味が通らなかったか、
おややぁ?と黒みの潤んだドングリ眸を瞬かせるチビさんで。
「おとと様がいない おひゆとか、寒さむの日とか。
ちょっちょやらかいお腹に、キュウしてネンネすんのよ?」
「ふ〜ん。」
でもねぇ、おやかま様はじっとしてないの。
じっとしてない?
うん。あち行ったり、こち来たり、いしょがしいの……などなどと。
思わぬところで寝相を暴かれていようとは、
さすがに気がつかぬ陰陽師様だったに違いなく。
“いや。俺だってこんなもん教えられてもなぁ…。”
本人はきっと自覚して無さそうだから、
からかいのネタにもなりませんしね。
そうかそうかよしよしと、
ふわふかな毛並みの頭を大きな手で撫で撫でされて、
きゃうvvとご機嫌な仔ギツネ坊や。
吹きゆく風の冷たさへ、
だから構ってもらえるのが、でもでも切ないとも思う。
あとどのくらい、こうして遊べるのかな、
今年の冬はゆっくり来ればいいのにねと。
今年はそんな気がしちゃった、くうちゃんだったのでありました。
〜Fine〜 08.10.22.
*そろそろ人肌恋しい…もとえ、人恋しい頃合いになって参りましたね。
今年のあぎょ…阿含さんは結構出番もあったように思うのですが、
それでももうすぐ冬籠もりの季節の到来ですよ。
京都の冬は早いから、くうちゃん、たっくさん遊んでもらうといいです。
「でも、去年の冬って、
雪の中を分け入ってまでして、結構遊びに行ってなかったか?」
あ、そういえば……。
めーるふぉーむvv 

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